日記03 20170919

 

 本やCDを貸し借りすることは、そのチョイスに貸す側の人間性や相手をどう思っているかがあらわれるだけでなく、そうしたやり取りによって関係が深まっていくようで面白く、また、目立ったデメリットもないため、すごくいいことだと思う。

 今年の三月のこと。卒業と入社を控えた大学の同期の何人かから立て続けにお茶のお誘いがあり、日ごろ自分から誘うことこそあれ人から会おうと言われることのほとんどない僕は、自分もようやっと頼りがいのある友人として認められたのだなと喜び、春一番を追い風にルンルンと出かけた。

 

 お茶の席は、ある種の人生の節目にある同期と楽しい時間であった一方で、貸し借りしていた本を返しあうイベントでもあり、物寂しい感じがした。

 今までのようには会うことが出来なくなるからというお決まりの枕詞は「今度はこの前はなしていたあれを貸してよ」なんていう風に続いてきた貸し借りのリレーが途切れることを意味していたし、自分と相手との関係が様変わりするということでもある。

 やんごとなき事情により留年することが決まっていた自分は、自身を取り巻く人間関係が四月を境に様変わりするということを特に意識していなかっただけに、このある意味で関係を部分的に清算するような連続イベントに大きなショックを受けた。

 

 これが悲しいエピソードなのかどうかは僕自身まだ判別がつかないのだが、その後、働き始めた、もしくは国家資格のために浪人している彼らと再会する機会には恵まれた。

 当たり前のことではあるけれど、久しぶりに会った彼らは以前とは少し変わっていた。帰属集団を根拠にするふるまいの様式や時間の使い方をライフスタイルと呼ぶのなら、それが変わったように感じた。それはきっといいことなのだけど、会話のなかで、かつての波長を共有していたためにもっていた居心地のよさのようなものが部分的にうしなわれてしまったような感じがした。そしてそれは取り戻すことはできないのだとも思った。僕は居場所のあまりない大学生活のなかで彼らとのあいだにわたしていた仲間意識のようなものを好んでいたし、それがなくなったような感じを受けて、少しさびしく思ったのだ。

 自分が依然として大学生の時間感覚を生きている一方で、彼らは社会人の時間感覚を生きているというのが不思議だ。時間の感覚というのは主観的なものだという経験則がある。陸上競技をやっていた頃は、200メートル走のレースを走っていた26秒がクラウチングスタートの台に脚をかけて雷管の合図をまつ数秒間より短くも長くも感じられたし、激しいうつ状態で一日中寝床に身じろぎもせず考え事をしていたときは、健康に毎日を過ごしていたときよりも日が沈むまでをずっと長く感じていた。そしてそのどれもが振り返ると一瞬のようでもある。

 時間感覚がちがうということは、現実観がちがうということでもある。このようにして波長がずれていくのなら、それは悲しいことだと思う。

 

 ところで、僕にはクラブミュージックやアニメソングや歌謡曲といったふうにジャンルを問わないで流行歌をあさっていた時期がある。動機は友達欲しさだ。

 そうやって人との共通点を作りまくって得られたのは、友人ではなく、共通点だけでは人は繋がりを持てないという教訓だった。

 共通点どうしを繋ぐ線がなければ、別々の存在どうしが繋がることはできない。僕は幼稚園に通っていたころ、ほかの人よりもたくさんの指を持つ友達と仲良しだったが、指が五本という共通点で見知らぬ人と盛り上がることはない。

 きょうびではSNSでつながれるともいうが、アカウント同士が紐づけされているだけでは関係が続かないことが経験によってわかってきた。SNSはあくまでプラットフォームなのであって、アカウントを管理している人同士の間をわたしている精神的なつながりのほうは、なんにせよ変わってしまう。思うに、点と線の両方があって初めて関係や居場所は機能するのだ。そしてそれらが別の形になると、関係もまた違った形になる。よりよいものになるにせよ、歪んでしまうにせよ。

 自分もそういう形で誰かのもとを去って来て今の場にいるのだろうし、こういうことは必然的に、繰り返し続いていくんだろうな、としばらく物思いにふけった気付きである。